「今ここに暴かれる岡嶋二人解散の真相!」
などと書き始めますと、徳山さんと井上さんが「おいおいおいおい!」と言いながらスッ飛んで来まして、そのお2人を追い越して光文社文庫編集部の石坂さんがおっとり刀で駆けつけるや、宮部みゆきをとっつかまえ、折ってたたんで裏返し、ボストンバックに詰めちゃって、荒川あたりに捨てちゃいまして、ポンポンと手をはたきながら、
「やあやあ、これだからファン出身の作家は油断がならない。やはり、『解説』はちゃんと評論の書ける方にお願いしましょう。どなたがよろしいですか?」
と、追いついてきたお2人と頭を寄せ合い相談しながら立ち去ってゆく、などという光景は──
全然見られませんでした。わたくしは身長は150センチしかありませんが、元気でこの原稿を書いております。
ミステリー・ファンの皆様ならご承知のとおり、「作家・岡嶋二人」は、1989年10月に上梓されました「クラインの壺」を最後に、惜しまれながら解散してしまいました。読者としては、本当に、本当に残念なことです。
でも、「常に新しいことを。まだ誰もやっていないことを。面白い仕掛けを。斬新な趣向を」という旗印のもとに、上質のミステリーをたくさん読ませてくれたお2人を知っているファンならば、発展的解散もまた良しと、素直にうなずいてしまいましょう。その結果、今までの倍の数、面白い作品を読めるのだと納得して、拍手、拍手であります。
え? 作家が解散するとはどういうことか、ですって? ははあ、そうすると、あなたは、「岡嶋二人」が徳山諄一さんと井上夢人さんの合作ペンネームであることをご存じなかったのですね? は? まあ、今初めて、この「殺人者志願」を手に取ったことで、岡嶋二人という作家にめぐり会ったんですか?
それはあなた、おっそろしく遅れてますが、幸せですよ。これから先、「岡嶋二人・全仕事」を読む楽しみが味わえるわけですからね。無人島に流されたって、退屈しないこと請け合いです。
え? 2人でどうやって推理小説を書いてたんだ、ですって? ふむ、もっともな質問ですね。
実は、この問題には、一読者として、わたしも非常に興味があるのです。が、どう説明してもらってもわからないだろうな、とも思います。もともと、創作の過程というのは作家個人個人で全部違うものですし、そこから生まれる作品はすべて複雑な化合物ですから、外側からは推し量りようがないのですね。仮に、ガスクラマトグラフィにかけて分析し、出てきた元素を全部集めて合わせてみたところで、元のものには戻らないでしょう。
ただ、ひとつだけ確信を持って想像できるのは、お2人が常に、「さあ、今度はどうやって相棒をびっくりさせてやろうか」「どんな手で相棒を騙してやろうか」と考え、深夜ワープロに向かってそれぞれ「フッフッフッ……」と不敵に笑いつつ書き進めていたに違いない、ということであります。
そうでなきゃ、これほどバラエティに富んだ質の高い作品群を生み出せたはずがない。正直、わたしとしては、「ホントは『岡嶋十人』だったんじゃないですかぁ?」と訊いてみたいくらい、1作1作新しい「何か」がある作品ばかりですから。
閑話休題。
お金を払って本を買う──というのは、非常にシンプルな投機的行為であると、わたしは思っています。ベつに、「自分を高めるために読書しなさい」などという野暮な意味ではなくて、600円なら600円、1000円なら1000円払って、数時間をかけて読むという「投資」によって、どれだけの「あー、面白かった!」という「利息」や「配当」がついてくるか──という意味での「投機」です。ですから、500円で1万円分ぐらい得した気分になれるときもあれば、元金が目減りしちゃったような気がするときもあります。
そして、そんなふうに考えると、作家にも「株式型」と「銀行型」があるかな、と思えてきます。
「株式型」には、安定高値の優良株、ぐっと落ち着いた資産株、赤丸急上昇の人気株、値動きは激しいけれど、それだけに投資家(読者)にとって魅力たっぷりの仕手株、「やった! オレの目に狂いはなかったゾ!」の大化け株──などなど。
「銀行型」は、これももう現実の銀行と同じで、世界をまたにかけようかという大手から、親切丁寧な「町の銀行さん」まで、さまざまです。
(そういうオマエはなんなんだよ? ですって? ハハ、わたしは下町の信用組合です。定期預金ください──ぴしゃり! キャッ! これは編集部からの『余計なことを書くな!』というムチであります)。
はい、では、岡嶋二人はそのどちらかと申しますと、(独断で!)これは文句なし、「銀行型」でしょう。元金保証で高利率、信託銀行の「ビッグ」ですね。というわけで、これから「岡嶋銀行」をちょっとご案内してみましょう。
まずは正面玄関。自動ドアにご注意を。あ、その前にちらっと左手をご覧ください。自転車置場がありまして、ここにはよく『なんでも屋大蔵』さんが自転車を停めにきます。ご用の節は、なんなりと。
さてロビーに入りますと、すぐ右手には当銀行のシンボル「ツァラトゥストラの翼」像がございます。この摩訶不思議な像、どんな形をしているか、しかと見届けた方が非常に少ないのです。難解な謎を解かないと見えない部分がありまして──あしからず。
はい、皆様をお迎えに出て参りましたフロア係は、ご存じ『山本山』コンビ。長い待ち時間にも、お客さまを退屈させない2人です。また、当行ではお客さまのリクエストにお応えして、BGMにお好みの音楽をお聴かせします。ただ今流れておりますのは「珊瑚色ラプソディ」。
申し遅れましたが、当行の資本金は10億円プラス時価5千万円相当の金魂でございます。出資者の姓名は申し上げかねますが、頭取の間宮富士夫に親しい人物でありまして、身元は確かでございます。なお当行では、間宮頭取の発案で、日本国内では唯一の誘拐保険も扱っております。融資期限は「七日間の身代金」。被害者の失踪が長期にわたります場合には、「七年目の脅迫状」にも対応できるロング保障のものもございます。詳細は、カウンターに用意してございますパンフレット、「99%の誘拐」をどうぞ。
では正面をご覧ください。当行自慢の大金庫は、有事の際には核シェルターとしても利用可能でございます。警備は万全。「そして扉が閉ざされた」なら、何人たりとも立ち入ることはできません。
は? 右手の壁にかかっております「焦茶色のパステル」画でございますか? はい、あれは名馬『セシア』の肖像でございます。
大金庫だけでなく、銀行内のすべての場所に、『警視庁ゼロ課』特別捜査官の目が光っております。オンラインシステムにつきましても、万が一、不届きなハッカーが当行のプログラムに割り込もうなどと試みましても、「コンピュータの熱い罠」が待ち受けておりまして、即座に御用でございます。どうぞご安心を。
融資のコーナーはこちらでございます。なお、お客さまに融資のご契約をいただきます際は、形式的ではございますが、当行と契約しております5つの探偵事務所で、身元調べをさせていただきます。また、お客さまにご希望があれば、これらの探偵事務所をご利用いただくこともできます。みな優秀な事務所でして、今現在も、警視庁も手を焼いている事件の「解決まではあと六人」と迫っているくらいですから、「どんなに上手に隠れても」ダメでございます。
あら、そちらに飾ってあります壺にご関心が? はい、それは装飾品でございますが……。でもお客さま、その「クラインの壺」には、あまり深入りなさらないほうがよろしいかと存じます。1度、そのなかに入ったきりとうとう出てこなかった者がおりまして。上杉と申す者ですが、わたくしどもも心配しておりますところで……。
正面カウンターの右手では、当行オリジナルの宝くじも販売いたしております。「ビッグゲーム」「チョコレートゲーム」の2種類がございます。お煙草ですか? 喫煙コーナーはあちらでございます。灰皿と「タイトルマッチ」をお使いください。
そして、左手奥の「○○」のコーナーにおりますのが、元「殺人者志願」の菊池隆友・鳩子の2人でございます(この『○○』、本当は8文字です。何のことかは、本編をお読みになった方なら、もうおわかりですよね)。
まあ残念、お時間がなくなってしまわれましたか。では最後にひとつだけご忠告。この岡嶋銀行は年中無休でございますが、1年にただ1日、「クリスマス・イヴ」だけは、ご利用いただけないことになっています。ジープに乗った殺人鬼が襲ってまいりますので。どうぞお忘れなく、お命を大切に。
本日はご利用ありがとうございました。あら、外は雨が降っていますね。お客さまのために、「あした天気にしておくれ」。
それでは今後とも、岡嶋銀行、ならびに新規開店いたしました井上銀行・徳山銀行を、どうぞよろしくお引き立てのほど、伏してお願い申し上げます。
(ついでに宮部信用組合も――ぴしやり! キャッ!)