娘が彼を連れてきた ── 井上夢人

小説すばる 1991年9月号

 週刊新潮の連載と『ダレカガナカニイル…』の出版はありましたが、岡嶋をやめた後、しばらくはどの出版社からも声がかからなくなりました。最もショックだったのは、岡嶋二人のデビュー当時からずっと一緒に仕事をしてきた某編集者が「井上さんは雑文でもなんでも書いてやっていけるでしょうけど、徳山さんは小説のアイデアを持っていても原稿が書けないのが心配ですね」と言ったことでした。その言葉で、僕が岡嶋二人のどんな役割だったと認識されていたかを知りました。岡嶋二人の本質は徳山で彼が作品を作り、井上はそれを原稿に代筆しているだけだと見られていたのです。実際、徳山のほうには、原稿の依頼や、新たな合作チームの申し入れなどがいくつもあったようですが、僕のほうにはなにひとつありませんでした。いくつもの編集部に仕事をもらえないかという打診をしました。でも、原稿を書けと言ってくれるところはどこにもありませんでした。
 集英社の山田裕樹氏が〈小説すばる〉にエッセイを書くようにと言ってくれたのは、作家をやめて何か別の仕事を探そうと思っていたときでした。もちろん、僕は山田氏の言葉に飛びつきました。書いたエッセイがこれでした。
 この後、彼はさらに〈小説すばる〉に短篇を書かせてくれたのです。「ホワイトノイズ」というホラーっぽい1篇が井上夢人の短篇デビューとなりました。そのあと同テーマの短篇を連作として書き、まとめたものが『あくむ』です。
 山田裕樹氏が、井上夢人を小説家として救い上げてくれなかったら、今の僕はありません。