どう、その本おもしろいでしょう?
まだ途中ですか。いやいや、急いで読み終えなくても結構。せっかく著者が「ちょっと考えてみて下さい」と挑戦しているのだから、すぐ答のページに行かないように。
こういう本はホント気軽に読めるので、気軽に書かれたみたいに思われるけど、じっさい作るのは大変なんですよ。有名作品のトリックを無断でイタダいたようなのならともかく、これは全部オリジナルですからね。そのくせ、あまりまともに評価はされない。労多くして、報われないんですね。せめて読者が1問1問、じっくり考えて楽しんでくれるのが、何よりの報酬と言えるでしょう。
むかし僕もその手の本、書いたことがあるから分るんですが。(何、僕の書いたやつはおもしろくなかったって? 悪かったですね)
この種の推理パズルには、いくつかパターンがあります。
まずフーダニット。Who has done it?(誰がやったか)を縮めた言葉で、普通の推理小説でもお馴染みの犯人探しですね。何人かの容疑者が登場して、その中から犯人を当てさせる趣向。
それから犯人は誰かだいたい分っているんだけど、その決め手は何か問うもの。手がかり探しとでも言いましょうか、容疑者が嘘をついているとどうして分るか、といった設問になります。
そしてハウダニット。密室殺人とか、どうやって毒薬を飲ませた。方法が謎になってるやつですね。
ええと、あと何があるかな。そうだ、作中に出てくる暗号が問題になってるのもありますね。被害者が死にぎわに言ったり書き残したりするダイイング・メッセージの意味を解読するのも、このヴァリエーションと言えるでしょう。
以上4つは、読者が探偵側の立場に立つんだけど、犯人の側から描く場合もあります。完全犯罪をやってのけたように見えるのに、逮捕されてしまう。どこにミスがあったか。普通の推理小説が最後まで犯人を隠すのと逆の書き方なので、倒叙物と呼んでいます。TVの「刑事コロンボ」などもこのパターンですね。
だいたいこの5種類に分けられるでしょう。『ちょっと探偵してみませんか』に入っている25篇も、そのどれかに当てはまるはずです。ちょっと表にしてみましょうか。
タイトル | 趣向 | 難易度 |
ラスコーリニコフの供述 | 安楽椅子探偵、手がかり探し | B |
誰が風を見たでしょう | ダイイング・メッセージ | B |
三年目の幽霊 | フーダニット、密室 | A |
曇りのち雨 | 倒叙 | C |
Behind the Closed Door | ハウダニット、密室 | B |
ご注文は、おきまりですか | スパイ小説 | B |
ボトル・キープ | 倒叙 | B |
マリーへの届け物 | 暗号 | A |
水の上のロト | フーダニット | B |
死後、必着のこと | ハウダニット | C |
煙の出てきた日 | 倒叙 | C |
高窓の雪 | 倒叙 | A |
断崖の松 | フーダニット、手がかり探し | B |
組長たちの休日 | フーダニット、安楽椅子探偵 | C |
最後の講演 | フーダニット、ハウダニット | B |
愛をもってなせ | フーダニット | B |
明かりをつけて | フーダニット | B |
ルームランプは消さないで | 倒叙 | B |
机の中には何がある? | フーダニット | C |
穏やかな一族 | フーダニット、密室 | B |
酔って候 | 手がかり探し | B |
シェラザードのひとりごと | フーダニット | B |
聖バレンタインデーの殺人 | フーダニット、ハウダニット | A |
奇なる故にこれをのこす | 暗号 | A |
たった一発の弾丸 | フーダニット、安楽椅子探偵 | B |
――おっと、6番目に入っている「ご注文は、おきまりですか」はどれにも属さないな。いったい何が起ったかという謎ですから、ホワットダニットとでも言うんでしょうかね。理論的には、ホワイダニットも、ホエンダニットも、ホエアーダニット……痛っ、舌噛んだ……もパズルとしてありるるわけれすら。
……ついでに、1篇ずつの難易度も独断的につけてみました。難しい順にABCというわけですが、例えばミステリを読み慣れているかいないか、機械に強いか弱いかといった点で、ずいぶん違うでしょう。これはあくまでも僕なりの判定。「煙の出てきた日」なんか、煙草を喫わない人にはそれほど易しくないかも知れない。それから、おもしろさと難易度は比例も反比例もしないんですね。「煙の出てきた日」のわずか4文字の解答なんて、答が見抜けても、洒落てるなあと感心してしまう。……え? もう煙草を喫うなって。はいはい、煙草喫みには住みにくい世の中になったもんだ。「煙の出てきた日」に描かれている禁煙法時代も、ジョークにならないかも知れない。
そうそう、この岡嶋二人の推理コント集が優れているのは、パズルのおもしろさだけじゃなしに、1篇1篇がショート・ショートとしても楽しく読ませるようになっているところなんですね。この手の本の中にはおよそ文章がへタで、問題と解答だけが無味乾燥に並んでいるのも珍しくないのですが、そういうのとは役者が違う。「三年目の幽霊」でも解答篇のラスト1行なんぞ、パズルとしては、なくてもいいでしょう。しかしこの1行があることが、なんとも可笑しいんですよね。そもそもこの話、人を喰った設定になってるんですが……
とにかくどの1篇も物語としても趣向が凝らしてあって、飽きさせないんです。容疑者のネーミングにもお遊びがあって、「組長たちの休日」ではみんな色がつきますし、「明かりをつけて」では春夏秋冬、「机の中には何がある?」では東西南北になっていますね。「シェラザードのひとりごと」の5人の容疑者は、おのおのアイウエオで始まる名前をもっています。どうしてもこういう短いフーダニットでは、容疑者たちも記号的になってしまいますから、いっそ覚えやすいようにしてしまえって配慮でもあるのでしょう。
ここに収録された作品は、もとは『ショートショートランド』と『パズラー』という雑誌に読切連載されたものですが(解答篇も問題篇と同じ号に載っていました)、『パズラー』に載った最終回「最後の講演」では、登場人物の姓名に読者へのメッセージが隠されています。登場順に、苗字のはじめの1字と、名前のはじめの1字をつなげて読むと、……ほら、分ったでしょう? 『パズラー』の読者なら、1人くらい気づいて指摘してくるかと思ったのに、誰も投書してこなかったそうです。僕もぜんぜん気がつかなくて、岡嶋二人のひとり井上泉さんに教えられて初めて知ったのですが……
ええ、岡嶋二人というのは、ふたりの人の合同ペンネームで、もう1人は徳山諄一さんといいます。知らなかったんですか。じゃあ岡嶋二人の他の作品も、あまり読んだことがない?
あのねえ、岡嶋二人は日本の推理作家で今、1番いい仕事をしている1人、もとい2人なんです。この『ちょっと探偵してみませんか』を書いていた頃も、『なんでも屋大蔵でございます』(新潮文庫)や山本山コンビの『三度目ならばABC』(講談社文庫)といった短篇シリーズ、あるいは『ビッグゲーム』(講談社文庫)、『5WIH殺人事件』(双葉ノベルス)などの長篇を連載していました。
それから、『ちょっと探偵してみませんか』が1985年の11月に纏められたのに遅れること3ヵ月足らずで、シミュレーション・ゲームブック・スタイルのミステリ『ツァラトゥストラの翼』(講談社)が出ていますから、これも並行してやっていたことになります。こんなにいろいろ忙しくて、それぞれ水準以上の仕事をしているのですから、単に2人がかりの強みなんてもんじゃないです。
またこの『ツァラトゥストラの翼』というのが、ゲームブックの苦手な僕なんかにはものすごく手強い本で、出た時ちょっとやってすぐ挫折、このあいだ再び3度ほど挑戦したんですが、だいぶずるしたのに、どうしても解決に辿り着けない。才能ないのかな。
そもそも岡嶋さんが『ツァラトゥストラの翼』を執筆した動機というのが、すでにある推理物のゲームブックに満足しなかったからなんだそうです。「だいたい推理の要素がゼロに等しい。読み手を無視して主人公が勝手に動いていって、こちらはパラグラフを選んでいくだけなんですから。(中略)どうせやるなら、ちゃんと読み手が自力で推理しないと解けない、当てずっぽうにパラグラフを選ぶだけでは絶対に終われないゲームを作ってやろうと考えたんです」(『Bug News』1986年5月号)と、後輩乱歩賞作家の鳥井加南子さんとの対談で、井上泉さんのほうが述べていました。これに比べれば、解けなくても次のページをめくればいい『ちょっと探偵してみませんか』は、ほんの小手調べということになるかも知れませんね。
ただ、ゲームブックを書いたのも、「こういうスタイルのものを、自分でひとつ作ってみると、本業の推理小説を書いていくうえでも、何かヒントになるかもしれない、という気がしたんです」との発言も、同じ対談に見られます。だから、これらの本がいくらおもしろくても、岡嶋二人の仕事としては余技なんですね。それでも、近作長篇の『そして扉が閉ざされた』(講談社)や『99%の誘拐』(徳間書店)などで、作中人物が相手のあらゆる出方を予想して次々手を打っていくゲーム性は、こういった仕事で培われたようでもあります。
岡嶋二人の魅力について、もすこし喋りましょう。その前にちょっとトイレ……。煙草を我慢して水ばかり飲んでいたら、どうも近くなって。その本の続きを読んでいて下さいな。
……お待たせ。あれ、どこ行っちゃったのかな。ねえ、ここにいた女のひと知りません? 何、隣のテーブルのハンサムな男と出て行ったって? もしかして、ここにある余分な勘定書、その男のぶん?
こりゃないんじゃないですか、Q子さん。