井上夢人さんは、常に「変化球の人」です。
デビュー以後、シリーズものを除いて、同じ傾向の作品は書かれません。単に飽きっぽくてへそ曲がりなだけだけどね、とはご本人の弁ですが、その好奇心の行方は計り知れないのです。小説のテーマなどについて話していても、予測できない球ばかりを投げてくださいます。こちらの『99人の最終電車』なども、その顕著な例ですよね。99人全員が主人公、なんて、井上さん以外誰が考えましょう。
オフライン・ノベルではありますが、今回の『パワー・オフ』もそうです。
「人工生命(A-LIFE)」という遠大かつ困難な球を、私は愛のミットで受け止めました(ハハハ)。
井上夢人さんの担当編集者は、『パソコン使い』ぞろいという噂があります。OA化が著しく遅れていると言われる出版界において、各社の担当者だけは、机上にドンとパソコンがかまえている、らしい。
かくいう私も、 と言いたいところですが、まだまだビギナーに過ぎず、井上先生の心優しきご指導を承っているところです。
そんな奴がこのようなテーマを! と皆さん思われることでしょう。
しかしこの『パワー・オフ』は、パソコン上級者だろうが、ビギナーだろうが、物語として堪能できるに違いない作品です。現に作中の登場人物は、コンピュータに関してシロウトに近い人も含め、いろいろな段階の知識を持つ人々が出てきます。
高校生。コンピュータ・ウィルスを作ったプログラマ。それを駆除しようとするパソコン通信事務局のスタッフ。そして人工生命(A-LIFE)の研究者たち。
さまざまな人々が、ウィルス騒動に巻き込まれていきます。
が、この作品は単なるパニック小説ではありません。SF、ミステリー、恋愛小説。ひとつの枠にとどまらない、どの角度からも楽しめる「井上夢人」というジャンルが壮大に展開されているのです。
『パワー・オフ』の「小説すばる」連載時。締切り前日になると、井上さんから必ずお電話をいただいたものです。
「どーも、どーも。ははは、うーむ」
「どーも、どーも。ふふふ」
なにやら暗号めいた会話が苦笑まじりに交わされた後、締切りはなぜか遠のいてしまう毎月でした(よね、井上さーん)。
あの日々が懐かしく思い出されます。
そして1996年7月。めでたく『パワー・オフ』発刊の運びとなりました。
装丁のCGは、あの原田大三郎氏。内容に劣らぬ力作を作っていただきました。
どうか、皆様。ご一読されますようお願いいたします。