1982年 第28回 江戸川乱歩賞
授賞作:焦茶色のパステル
受賞者:岡嶋二人(おかじまふたり)

【選考経過】

 本年度の江戸川乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数二三〇篇が集まり、予選委員(風見潤、高柳芳夫、千代有三、原田裕、福田淳、結城信孝の六氏)により最終的に左記の候補作六篇が選出された。
     長い愛の手紙       須郷英三
     黄金の砂         中津文彦
     ローウェル城の密室    高沢則子
     ミスターXを捜しましょう 雪吹 学
     ハーメルンの笛を聴け   深谷忠記
     焦茶色のパステル     岡嶋二人
 この六篇を、本選考委員が回読し、去る七月十二日、帝国ホテルにおいて、生島治郎、多岐川恭、都筑道夫、西村京太郎、山村正夫の五氏(五十音順)の出席のもとに慎重なる審議の結果、中津文彦氏の「黄金の砂」、岡嶋二人氏の「焦茶色のパステル」の二作が第二十八回江戸川乱歩賞に決定した。

 

【選評】

生島治郎
 「焦茶色のパステル」は新人らしからぬ見事な作品である。ストーリィの展開の仕方と言い、伏線の張り方と言い、申し分ない。
 私はこの作品こそ乱歩賞にふさわしい作品だと思った。他の詮衡委員から、あまりにも手なれすぎているという意見も出たが、この作者は自分の世界をちゃんと持っていて、その世界はこの作者独自のものであり、既成作家の作品のどれにも似ていない。そういう意味での新人らしからぬ味は大いにけっこうである。今後の活躍が楽しみな新人である。
 「黄金の砂」はサーヴィス精神にあふれた作品である。現実の殺人に歴史をからませつつスケールの大きな作品に仕立てようという工夫がみられる。暗号トリックも仲々に説得力があって、この新人のエンターティナーとしての才能がうかがわれた。
 ただ、ところどころ難点がなくもない。視点が都合よく変ったり、アリバイ、トリックに多少の無理がある点は一考を要するところであろう。しかし、新人である以上、私はこういう欠点を補って余りある可能性の方を大きく評価したい。この作者の今後の精進に期待するものである。
 「長い愛の手紙」は面白いスタイルで描かれた作品であるが、テーマとスタイルの計算ができていない。 
 「ハーメルンの笛を聴け」は一人よがりのお説教が鼻につくきらいがある、せっかく、ダイイング・メッセージに工夫をこらしたのだから、自分の主張を消化するように心がけてほしい。
 「ローウェル城の密室」は十六才らしい味があふれているが、残念ながら、この素材は長篇向きではない。ショート・ショートに仕立てたら、あるいは面白かったかもしれない。
 「ミスターXを捜しましょう」の作者は、小説というものを根本から考え直す必要がありそうだ。

多岐川恭
「黄金の砂」「焦茶色のパステル」のどちらが受賞作になってもいいという気持で、選考会に出席した。結果は両作受賞ということになり、私の考えとまず一致した。
 どちらも丁寧に書かれた力作である。ただ、注文を出すなら、「黄金の砂」の作者は、もっと人物を書込んでほしいし、そういう人物のからみ合いからくるサスペンスを勉強してほしい。「焦茶色のパステル」の作者については、達者さになにかをプラスしてもらいたい。漠然とした言い方だが。
 しかし、二作者は十分な将来性を持っていると思うし、すぐれた作品が期待できるだろう。
 「ハーメルンの笛を聴け」はナゾ解きの過程が不満だったほか、殺人の動機に賛成できなかった。
 「長い愛の手紙」は不備があったと思う。自分を殺そうとする人間をどうして愛せるかというのも、その一つである。
 高校生作者の「ローウェル城の密室」は、正直に言って、私は一番面白かった。劇画ミステリーとでも呼んだらいいだろう。ただ、奇想天外すぎて、わからないところがある。それに、やはり話そのものが稚ない。しかし、のびのびと書きたいように書いているところが好ましい・・・・と言うより羨ましかった。
 「ミスターXを捜しましょう」は話がユニークだし、受験期の高校生の愛人同志も意外に生き生きしていた。意外にというのは、文章がまるで駄目だからである。これが大学生の書く文章かね。勉強をし直すべし。ただし、文章がひとまずのものになれば、いいものができそうだ。

都筑道夫
 江戸川乱歩賞に、空前の応募数があって、当選作が二本も出たことは、よろこばしい。けれども、それが日本の推理小説を質的に高めることに、いくらかでも関わってくるか、という点では、うたがわしい。娯楽のための読物だからといって、読みやすく、わかりやすく、おもしろいストーリィが語られているだけで、いいものだろうか。予選通過六作品とも、英米でいえば二流、三流のペイパーバックス・オリジナル、といった書きかたをしている。いちおうのイメージが、こちらにつたわるように書いているのは、岡嶋二人さんだけで、その作品がすんなり選に入ったのも、当然だったろう。つまりデッサン力があるわけだから、岡島さん、十分やっていけるに違いない。あとは色彩に工夫をこらして、タブローをかく努力をしていただきたい。
 そのデッサン力が、中津文彦さんにはなくて、たくさんの登場人物の見わけがつかないし、アリバイつくりのアイディアも貧しいけれど、歴史暗号小説として支持する選者が多く、他の四篇よりすぐれているのは確かだから、私も反対はしなかった。実に私が惜しくてならなかったのは、雪吹学さんと高沢則子さんで、雪吹さんは数個の数字と仮名文字を書いたメモだけから、ひとりの男を探しだそうという論理が主題。高沢さんは少女劇画の世界に送りこまれた少年少女の冒険。アイディアはおもしろいのに、雪吹さんは文章が幼稚すぎて、論理にも説得力がないし、高沢さんは細部の工夫が欠けていて、残念だった。ことに高沢さんはわずか十六歳で、三百七十枚ちかいものを書く想像力を持っているのだから、これからが楽しみだ。この作品、中段の少女劇画そのままの冒険を省いて、二次元の殺人の細部を充実させれば、ファンタスティックなナンセンス・ミステリの佳作になるだろう。

西村京太郎
 「焦茶色のパステル」は、もっとも安定していた。文章も読みやすく、サラブレットの血統を問題にしたストーリィも面白い。ハイミスと中年の人妻(夫を殺されて、すぐ未亡人になってしまうのだが)二人が探偵役というのも、変っていて、楽しかった。二人のお喋りが楽しいのである。トリックあり、意外などんでん返しあり、活劇場面もありで、うまく出来すぎているのが、難といえば難であるが、とにかく、この人は書ける人である。
 これに反して、「黄金の砂」の方は、面白さと、つまらなさが同居している。義経伝説にまつわる古文書が出て来て、その暗号を解いていく過程は、むしろ「焦茶色のパステル」より面白く、わくわくするのだが、殺人事件の部分や、その謎解きの部分に、精彩がないのである。飛行機を使ったアリバイトリックも、前例があって、平凡である。書き方に、もう少し工夫があった方がいいのではないだろうか。
 他の四篇も、特色があって面白いのだが、欠点が大き過ぎた。
 「長い愛の手紙」癖があるが、書きなれた文章である。最大の欠点は、手紙の受け取り手の奥さんに、全く魅力が感じられないことだろう。どんな女なのかわからないのである。これでは、主人公が、長い愛の手紙を書く心情が伝わって来ない。
 「ローウェル城の密室」出だしと、ラストが面白い。いかにも十六才の才気が感じられる。が、その間の三百枚がつまらないのでは、どうしようもない。
 「ミスターXを捜しましょう」青春小説としたら、奇妙な面白さがある。しかし、推理小説としては詰らない。全体に幼いのである。
 「ハーメルンの笛を聴け」教育問題を描いているのだが、その取りあげ方が、型にはまっていて感動がない。

山村正夫
 今年度は応募作品の数が史上空前の多数を算えたそうで、候補作も例年になく六本だったが、その割にはぜんぶが粒選りとはいい難かった。首をかしげたくなる作品が、若干混じっていたように思う。だが、それ以外はいずれも特色のある力作で堪能させられた。
 その中で選考委員全員が一致して推したのは、岡嶋二人氏の「焦茶色のパステル」である。競馬の知識のない者にも面白く読ませる巧みな構成と達者な筆力は、他の候補作を圧倒していた。昨年度は惜しいミスが祟って賞を逸したが、将来性という意味では技量に一番安定感のある作者のように思われる。E・クイーンばりの合作の試みも、日本ではこれまでその種の作家が出現しなかっただけに、話題を呼ぶことだろう。
 中津文彦氏の「黄金の砂」は、前半ややサスペンスを欠き退屈させられたが、義経北行伝説にからむ古文書が出てきてからは、がぜん盛り上った。推理小説的な趣向よりも、暗号文解読をめぐる伝奇冒険小説的な展開の方が優れており、「焦茶色のパステル」とは別な魅力に富んでいる。この作者には岡嶋氏とは対照的な未知数の可能性が感じられ、それに賭けてみたい気がして、同時授賞に私も賛意を表した。
 深谷忠記氏の「ハーメルンの笛を聴け」は意余って力足りずの感が強い。笛吹男の伝説を現代的な予告殺人にあてはめた着想は買うが、作中の問題提起の主張がいささか生硬過ぎて煩わしく、小説としての感動を乏しくしてしまった。
 須郷英三氏の「長い愛の手紙」は、主人公の妻の人間像が不鮮明で、夫婦の情愛の機微に納得のいかない部分があった。それに筆に追われた余り、安易に処理したのではないかと思われる箇所が随所に目立った。
 高沢則子氏の「ロウエル城の密室」と雪吹学氏の「ミスターXを捜しましょう」は、いずれも十六歳と二十二歳の若い作者の作品である。私自身もかつて十代で出発しただけに、好意を持って一読したが、小説技法がいかにも幼稚で他の候補作品との格差があり過ぎた。ただ、高沢氏の才気には型破りの新鮮さがあり、有望な資質が窺われる。今後の成長に期待したい。